香りのコラム:香りのある風景

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第一回 桜の香り
文・写真 島崎直樹
記事協力:(株)ワコール「WACOAL NEWS」1999年3月号
 さくら さくら やよひのそらは
 歌にうたわれた、本来は美しい色の例えの「にほいぞいづる」を、香りが匂いたつ「匂いぞいづる」と思いたくなるのは私だけではないであろう。

 弥生三月、柔らかな日ざしのなか遠くの山々に色よく霞む桜の花は淡い淡い芳香を放つ。満開の桜は一輪いちりん香りが弱くともそこを渡る風はえも言われぬ平安の馨をはこび、はらはらと春風に舞散る花びらは心の琴線に触れるように強く薫る。桜は日本人の視覚と嗅覚に香る花なのである。

 実際には桜は香りが弱く香料としては使えない。欧米の香料界で桜の香りといえばサクランボの香りで、アーモンドや杏仁豆腐に近い食料品用香料を想像し、花の香りは香水原料の対象とはならないと思われている。

 ヨーロッパで調香師となり欧米風の調香技術を身に付けて自信満々で帰国したが、この様に繊細な日本人の香りの美意識の原点が「桜の香り」だと気がつき、愛される調香ができるまでに数回の桜の季節が巡っていた。

 強烈で個性を主張するニオイではなく、おだやかで自然に溶け込む「静謐(せいひつ)」な香りを嗅覚だけでなく五感すべてで愛で、それを「美」としてきた日本の香り文化の真髄が桜の香りなのである。

 私にとって桜の樹の下で目を閉じて鼻だけで感じる香りは、桜湯を非常に薄くしたようなほのかな「フローラル」の香りである。

 桜湯は桜の花の塩漬けを湯に入れた見た目にも美しい飲み物でめでたい席でつかう。

 初めてこれを飲んだのはたった一人の姉の結婚式の控え室で、高校生であった私には照れ臭くそして眩しかった姉の花嫁姿とかさなりあう。

 いつかこの懐かしい記憶を基に桜の香りの香水を創作したいと思っている。

さあ、今年も桜をたっぷりと、
いざや いざや みにゆかむ 

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