香りのコラム:香りのある風景

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第二回 エニシダの香り
文・写真 島崎直樹
記事協力:(株)ワコール「WACOAL NEWS」1999年4月号
 私が世界で一番好きな飛行場は南仏のニースで、それも現在のではなく、二十年以上前のニース空港である。飛行機で北ヨーロッパからアルプスの山々を越えるとすぐに地中海になる。プロヴァンス地方の赤茶けた屋根の民家や、サントロペ付近の海岸線には豪華なヨットハーバーが、そして想像もできぬほどの美しい紺碧の海が見えてくる。そうここはコートダジュール「紺碧海岸」なのである。高度を下げ海面に着水するかと思う瞬間、出島の様に海に張り出したニース空港に着陸する。燦々と降りそそぐ太陽が眩しくタラップを降りると乾いた風が南国のハーブの香りとともに鼻をくすぐる。

 飛行機が二機も同時に着けば一杯になるターミナルビルの回りには椰子の木が植わっており北国からの来訪者を暖かく迎える。

 レンタカーで近代香料産業発祥の地グラース(Grasse)を目指す。約四十キロの道程である。地中海の匂いを満喫するために窓を一杯に開き、高速道路を使わずに海沿いの旧道を映画祭でよく知られた華やかなカンヌに向けて走る。カンヌの高級ホテル街を過ぎると山道に入る。今の季節であればあちこちにエニシダ(金雀児)が黄色く浮かぶ雲のように咲き乱れている。香りが強く花を処理して香料とする。オレンジの花とバラの香りを混ぜた様な花香調の香りと蜂蜜と干し草の甘く素朴でそして懐かしい自然の匂いがする。この香料を主原料とした香水はないが、調合香料に少量入れるだけであたかも天然香料だけで作ったかのような豊潤さを醸し出す貴重な脇役の香料である。

 車窓から飛び込んでくるエニシダの花の香りを胸いっぱい吸うと「香りの故郷」グラースへ帰ってきたなと思う。研修時代に二年間住んだだけだが、様々なことを学び、この地に恋をしてしまった。

 今でもこの馨しいグラースの街の体臭の虜にされたままである。

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