香りのコラム:香りのある風景

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第四回 くちなしの香り
文・写真 島崎直樹
記事協力:(株)ワコール「WACOAL NEWS」1999年6月号
 まだ明け切れぬ梅雨空が重く鉛のように全身に覆い被さり仕事をおえて帰宅する私の気持ちを沈んだものにする。ほとんど動かぬ湿った空気がそれに拍車をかける。駅から十分程の高台に家はある。街路灯の少ない暗い坂を歩いていると、黴臭い下水の臭いを押し退けるように、妖艶でなまめかしい匂いにハッとする。くちなしの香りである。

 香りの雲のところだけ温度が高く、花の体温を感じる。厚くポッテリとした唇を思わせる花弁からの吐息までが聞こえる。

 夜は嗅覚が鋭くなる。それに雨は花の香りを強くするので、梅雨の晩のくちなしは強烈に感じるのかもしれない。毎年の事であるが疲れた頭と体に軽い衝撃を与えてくれる。

 くちなしは日本に咲く数少ない香りの強い花である。三十年程前まで香料の抽出は仏領レユーニオン島で行われていたが、現在はくちなし(ガルデニア)の香りといえば合成香料で代用している。

 ジャスミン、チュベローズ(月下香)などと調合されホワイトフローラルと呼ばれアメリカ市場でとても好まれている香りである。

 数年前、京都の東林院で沙羅双樹の花を見た帰り、近くの塔頭(たっちゅう)でくちなしの花を見つけた。満開を過ぎ少し黄ばんだ花は、植物というより成熟した動物を感じさせるニオイをまき散らしていた。植物の生殖器である花から発散される性フェロモンと言いたくなるほど濃密な香りであった。禅寺にこんな狂おしい匂いが漂って修業の妨げにならぬか俗物の調香師にはとても気になった。

 くちなしの花は人の為に咲き香りを出しているのではない。昆虫を呼び寄せるのに闇夜でも目立つ様に白い花弁をいっぱいに開き香りを放出しているのである。

 しかしまるで女性の発散する性フェロモンのように私を惑わせる。雨に濡れたくちなしの花の香りは、なまめかしすぎる。

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