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門松の香りが漂ってくると、初めて欧州の地を踏んだ学生時代の貧乏旅行を懐かしく思い出す。東南アジアを放浪した後、エジプトのカイロからオーストリアのウィーンに入った。 容赦なく降り注ぐ太陽とアラブの人々の生活臭が溢れているカイロ、しっとりと落ち着きを見せ成熟したキリスト教文化の香りのするウィーンの町並み、においが全く異質であった記憶が三十年経った今でも鮮烈に脳裏に焼きついている。 寒い霧雨の中、重い荷物を持ってやっと捜し当てた安宿の薄暗いカウンターの中に東欧の貴族を思わせる上品な顔だちの白髪の男性がいた。 書類に名前や旅券番号を記入している時、ふっと彼がとてもよい香りを纏っているのに気がつき顔を上げると、彼の回りだけ空気が明るく輝いていた。鍵を受け取り、黴臭い屋根裏部屋に入ってもその香りのことが気になった。安宿の受付にはふさわしい香りではないが、彼にはとても似合い、私の嗅覚を心地好く刺激した。 オランダで調香師になる訓練を受けだした一年後、その香りがヨーロッパアカマツ(Pinus sylvestris)のラテン語名に因んだピノシルベストルという名のコロンであるのがわかった。 これはヨーロッパアカマツの枝葉を水蒸気蒸留して採る精油パインニードルオイルを主体とし、それにレモンなどの柑橘類の香料を巧みに調和させた清潔感のある爽やかでひきしまった男性的な香りである。 松の内が過ぎると暖炉で門松を燃やし、ヨーロッパアカマツとは多少香りは違うが松の芳香を楽しみながら、私の人生に様々な影響を及ぼした欧州での第一歩を思い出すのが、一月の習いとなっている。 |
| 島崎直樹 プロフィール |
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