香りのコラム:香りのある風景

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第十二回 アイリスの香り
文・写真 島崎直樹
記事協力:(株)ワコール「WACOAL NEWS」2000年5/6月号
 端午の節句に菖蒲を軒に吊るしたり風呂の湯に入れるのは、香気が邪気を払うとされていたからである。五月の薫風にも似た、青みがかったさわやかな香りである。菖蒲は葉や茎に香気があり、葉の伸びやかな美しさとともに古くから親しまれてきた植物である。

 香料に使うアイリスはアヤメ属でイタリアのフィレンツェ地方で栽培され、花からではなく地下茎から抽出し、スミレの花の香りがする。

 スミレの花の香料は高価すぎ、現在は存在しないのでアイリスの根からの香料で代用する。それでも植物性の天然香料のなかでは一番高価で、最高品質のものになると一キロ一千万円近くする。

 根生姜に似た地下茎の皮をむき、約三年間貯蔵し乾燥させると木片のように固くなる。その間に香気成分が生成され水蒸気蒸留法で精油にする。調香に際しては強い香りなので極少量で効果があり、調合香料全体を優しく粉っぽい「パウダーリー」な感じにし、肌に載せたときに豪華に匂う香水にしてくれる。

 レストランでワインを注文した。仕事柄、味よりも香りに興味があるので、ソムリエに、花の香りの強いものと伝える。イタリアのアルプスに近いピエモンテ州バローロで採れる葡萄、ネビオーロ種の銘柄を奨められた。

 グラスから十数年熟成された複雑なブーケの香りが昇り立つ。薄暗く揺れるキャンドルの光の中、濃赤色の液体を手の甲に数滴たらし、香水を嗅ぐように体温で暖め、香りを再度確かめる。ほのかにアイリスの根の匂いが立ち昇る。

 五月の青空の許よりも、夜に感じたい妖艶な芳香であった。

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