香りのコラム:香りのある風景

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第十六回 シダの香り
文・写真 島崎直樹
記事協力:(株)ワコール「WACOAL NEWS」2000年1/2月号
 松飾りにウラジロとよばれる葉裏が白いシダを使う。羊歯または歯朶と書き齢(よわい)に通じ長寿長命の意味となり、常緑の青々しさが変わらぬので正月の祝いに使うようになったと、子供のころ父親に教えられた。

 香りの世界ではフランス語でフゼアー()と称するがシダには匂いがなく香料としての利用価値は全くない。

 シダが香るのであるならと想像して創られた調合香料がある。一九世紀末ウビガン社が発売した香水「フゼアー・ロワイヤル」で、香調はラベンダーと柑橘類、樫の樹の苔オークモスと合成のクマリンという甘い香りのする香料などが主体となっている。百年前に合成香料が作られていたのも驚きであるが、それをヒントに香りのしないシダの匂いを創造した調香師の才能に嫉妬すら感じる名作である。しかもこの香料の構成は脈々と受け継がれ、現在でも男性用の香りの七割以上がフゼアータイプであるといわれている。

 この香りで印象に残っているのはドイツに住んでいた頃のことである。レストランで名物ムール貝の白ワイン蒸しを食べていると老夫婦がコートの雪を払いながら入ってきた。

 なじみの客らしくウエイターと冗談を言いながら私の隣りの席に着き話しかけてきたが、しばらくするとご主人のほうが気分が悪くなった。寒い外から急に暖かい室内に入ったためであった。すると白髪の奥さんが慣れた手つきでバックにあった小瓶の液体をハンカチに浸し、優しくご主人の額とこめかみを拭いてやった。あたりに芳香が漂い、すぐにフゼアータイプのコロンだとわかった。

 過度の暖房で息苦しくなっていた空気が瞬く間に澄み、火照っていた私まで気分がすっきりした。調香師でありながら香りには様々な使い方があるのだと感心した。香りのないウラジロを見ると思い出す四半世紀前の香りの記憶である。

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