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海外からの花便り;ロマンチック街道から

第2回 ディンケルスビュール
 今回は中世の色濃く残るロマンチック街道沿いの町ディンケルスビュールをご案内します。が、その前に・・・「ロマンチック街道」の由来を説明しておきましょう。


帝国のワシ
 「ロマンチックなムード漂う観光街道」・・・ロマンチック街道にそんなイメージを持っている方が多いと思います。普通日本では、夕暮れとか、カップルの似合うような雰囲気を「ロマンチック」と形容しますね。ドイツでも暖炉やローソクの炎がチラチラ燃えるさまをそう呼んだりします。ロマンチック街道の「ロマンチック」はそれとは違い、「中世の」または「中世の雰囲気を残した」という意味です。この語源は19世紀の前半に活躍した「ドイツ・ロマン派」です。彼らはナポレオンの後始末(ウィーン)会議以後の「復古の時代」に活躍した芸術家たちです。この古い時代に逆戻りした体制に我慢できない彼らは、現実ではなく幻想の世界に、そして現在や未来ではなく中世にその美の規範を求めました。そのロマン派(Romantik)の褒め称えた中世の街道の一部がロマンチック街道なのです。
 もうひとつ、ロマンチックという語には(Roma)と言う語が入っていますね。その言葉の響きからも連想できますが、本来ロマンチック街道はドイツだけで終わっていません。名前は戦後バイエルンの観光局が定めたものなので、この街道もバイエルン州の中だけになっています。でも、かつてはローマからアルプスを越えて中央ヨーロッパを抜け、バルト海や北海へ続く長い通商路でした。特にヴェローナからアルプスを越えてアウグスブルクへ繋がるローマ人の造った街道は「ヴィア・クラウディア・アウグスタ」と呼ばれていましたが、ここは現在のロマンチック街道南部分と重なっています。つまり、ローマへと続く通商路だったのです。


日本のロマンチック協会から贈られた桜
 ところで、日本にも「ロマンチック街道」があるのをご存知ですか?長野県から群馬県の草津温泉を経て、栃木県に至る街道だそうです。残念ながら、その由来など詳しいことは知りません。
 今回ご紹介する町、ディンケルスビュールの北側にソメイヨシノがあります。これは、10年程前に日本のロマンチック街道協会からドイツのロマンチック街道協会に寄贈されたものです。まだ若木ですが、春になると花が咲きます。


町を取り囲むお濠
 前置きが長くなりました。本題に入りましょう。
 ディンケルスビュールはローテンブルクから車で45分ほど南下したところにある、城壁と水濠に囲まれた小さな町です。町並保存の動きが早くからあり、第二次大戦の戦禍もなかったことから、町の隅々まで中世の面影を残しています。ローテンブルクよりも好きだと言う観光客も多く、またかつてはドイツ皇帝や外国の賓客たちも好んで滞在したということです。


民家の壁に描かれた歴史劇
「キンダー・ツェッヒェ」の物語
 この町が中世そのままの姿を保っているのは、町を救ったある歴史的な出来事があったからです。
 時は1632年、30年戦争のさなかのこと。30年戦争はいわば宗教戦争の再発で、新教と旧教との戦いでした。旧教であったディンケルスビュールは、1632年スウェーデン軍との戦いに敗れ「街をすべて焼き払う」と宣言されました。そこで町の子供たちが将軍の前に出て「どうか私たちの将来のためにこの町を残して下さい!」とお願いします。写真はその場面を描いたものです。スウェーデン軍のグスタフ将軍は自分の子供とそっくりの女の子を抱き上げて「よし、この町を焼き払うのを止めよう」と宣言します。ラッキー!!
 この物語にちなんで、毎年7月中旬、子供に感謝するお祭り「キンダー・ツェッヒェ」が行われています。


ディンケルスビュールの一番古い家
 町の見どころに、「ドイツの家」というディンケルスビュールの最も古い家があります。この様式はFACHWERKHAUS」(ファッハベルクハウス)と呼ばれるもので、中世ゲルマン語圏でよく見かける家です。メルヘン街道のツェレやストラスブールのプチ・フランス、そしてもちろんローテンブルクなどは、この建築様式の家がいわゆる「かわいい」と評されているのでしょう。


スイカ、メロン、トマトなど日本でも見慣れた野菜・果物たちが並ぶ八百屋さん

観光地なので、お土産屋さんがいっぱいあります
 ファッハベルクハウスはだいたい一階が石造りで二階からは木の梁をわたして階を積み上げてゆく建築なので、梁を支える横木が階ごとに張り出してきます。そして木の間には石を詰めてその上にモルタルのようなもので固めて出来上がりです。
 かつてこのような家は「動産」でした。つまり、骨格となる木材を分解し荷馬車で運ぶことができたそうです。ゲルマン系の人々は「衣・食・住」ではなく「住・衣・食」で、かなり家に愛着とこだわりがあります。また、「引越し」の概念が日本人のように頻繁で筋向かいに移るものではなく、一生に一度の大移動のようなものではなかったか、と思われます。


ジューン・ブライド
 さて、これは町で見かけた結婚式のワンショットです。
 ドイツの結婚式はとてもシンプルで、お色直しが3回もあったり、背丈よりも高いウェディングケーキがあったり、まして、ドライアイスの中から舞台がせり上がったり、とかはありません。
 教会で挙げるのと、市役所で籍を入れるのと2通りあります。写真は後者のパターン。市役所にウェディングドレスを着て行って、市長から簡単な祝辞をもらい、署名をして籍を入れて建物を出て来ると、家族や友人が祝うというものです。新郎新婦は祝いの米を振り掛けられ、ハトが待ってましたとばかりにやって来ます。これでお終いです。日本の地味婚よりもグッと地味ですね。あとは、ガラガラと新婚旅行に出かけるだけです。披露宴はないことも多いのですが、あってもレストランでちょっとした食事をするくらいです。とにかくお金がかかりません。
 写真では、母親らしき人がうれし泣きしながら鼻をすすり、その前では野次馬が集まり、祝福したり写真を撮ったりしています。これはどこも同じですね。幸せそうな笑顔と爽やかな青のブーケが印象的な花嫁さんでした。

町を彩る花々

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